大西利男先生のこと2017年09月15日 23時27分52秒

高校時代の恩師大西利男先生が2017年9月4日に亡くなられたとの知らせをうけた。まだ59歳だった。

私が1984年に大阪府立茨木高校に入ったとき、好きな科目だった数学の担当は、阪大数学科を出られたばかりの若き大西先生であった。トレードマークのびしっと決めた7:3分けの髪から想像できるとおり大変まじめなのに、(当たり前の話だが)大阪弁で「~やな」「~やね」と話すのが、大阪に来たばかりの私には新鮮だった。板書は几帳面で教え方も大変わかりやすかった。3年時にも再び教えていただいた。おかげで数学は頑張って勉強し、そこそこ得意になった。

大学・大学院で数学を研究されていた先生が、高校で数学を教えるにあたり、大学ではあまりしない数や式の計算練習を一からやり直したという、まじめさを裏付ける話、
高3最後の数学の授業を締めくくるにあたりおっしゃられた、数学の有用性の一つは概算力(これは大体このくらいと見積もったり、正確な計算をしないで計算誤りを見抜いたりする力)を磨けることであるというお言葉、
たった一度だけ、先生が授業で示された解法より私のがエレガントだったことがあってうれしかったこと(問題も憶えている)、
これも一度だけ、温厚な先生が、授業中何かのイラストを書いていた生徒に対し「それを今書く必要性を僕に納得できるよう説明しなさい」と怒られたこと、
などなど色々なことが思い出される。大西先生に教えていただいた数学および物の見方は、私の仕事と日常生活の一部にしっかり息づいて毎日役に立っている。

校内模試をパソコンでデータ整理し、頻度分布や平均点、偏差値、順位表などのプリントを作られたのも大西先生。職員の中でパソコンが使えたのは若い大西先生だけだったのだろう。漢字の出ないパソコンで「標準偏差」を半角カナで「ヘウヘン」と書くなど、狭いスペースを工夫・節約して情報が敷き詰められていた。

また、私が所属していた数学研究部の顧問もしてくださっていた。パソコンに詳しかった先生の勧めにより、旺文社主催のプログラミングコンテストに自作プログラムを応募し、結果パソコンが部に無償進呈されたこともあった。これは、それまで純粋な数学寄りだった部の活動が計算機プログラミングへ移り行くきっかけをあたえる大きな出来事となった。四半世紀以上経たいま、当部から国際情報オリンピック銅メダル受賞者を輩出するまでになっている。

折しも今月17日には高校卒業30周年同窓会が開かれる予定であり、お招きする恩師の中にもむろん最年少として大西先生は入っていた。卒業直後にお目にかかって以来のご無沙汰をお詫びし、お礼を申し上げねばと思っていた。
その情報交換の一環で、某府立高の校長をされていたが、がんのため昨年末より治療に専念されることをご自身で報告されていたことなどを知ったところでの訃報だった。

奥様も茨木高校出身とのことだし残されたご家族のお気持ちは察するに余りあるが、心より大西先生のご冥福をお祈り申し上げます。

大西先生、本当にありがとうございました。

コメント

_ 39期生12組Mizuno ― 2017年09月17日 10時32分22秒

はじめまして12組でした水野と申します。私は文系でしたので、2年の代数幾何を当時担任だった大西先生に習っただけですが、数学の美しさを教わったことを先生に深く感謝しています。数学研究部の掲示板に、当時こんな格好良いクラブがあったとは知らず、文化祭の展示に感銘しておりました。ブログに書かれた3年次の先生の総括の言葉を共有頂きありがとうございます。17日午後にご挨拶いたします。

_ 高村 ― 2017年09月18日 16時16分17秒

水野さん、昨日はわざわざご挨拶をありがとうございました。読んでくださってうれしく思います。引き続き同窓会サイトでもよろしくお願いいたします。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「高村ブログ」の最初の一文字(漢字)は?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://takamura.asablo.jp/blog/2017/09/17/8678312/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。